巡回者

大阪は淡路で産声を発した。 都会とは、下町から下町への通過点。 RATMファン。

tactack

Author:tactack
人呼んで元デブ。124kg→65kg。
どて、食べにいく?

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ボクとノゾミ
最近下町とはかけ離れた内容が続いてます。。。
これを最後に下町に戻りたいと思いますが、ネタがない時はまた思い出や下町とは無関係な内容を書きます。


今回は、私が初めてギャルと出会い、そのギャルと約2年間過ごした話をしよう。
もうずいぶんと古い話だがある程度の会話は思い出せた。
kokuban.jpg
アニメやロボットや恐竜などの話が私を楽しませてくれていた小学校の学童生活。
そんな学童の指導員のアルバイトとしてノゾミはやってきた。
「○○ノゾミって言います。よろしくお願いします」
金髪に染め上げた髪をなびかせ、丸いイヤリングを揺らしながら彼女は挨拶した。
彼女は小柄で、たしか16~18歳だったと思う。

学童では、4年にもなると年上の生徒がおらず、私がリーダーみたいな存在になっていた。
ノゾミとの最初の会話は覚えていないが、すぐに、そしてやけに仲良くなっていった。

夏休みの朝、学童の教室にいくとノゾミがボール片手に教室から出てきた。
「ドッヂやる?サッカーやる?」といきなり問うので私は「えー、なんで暑いのにそんなんやらなあかんねん。まだ眠い。アニメ見なあかんし。え!?今日も高校野球?またかよ…もうええわ。ノゾミ一人でやっとけや。俺が見といたる( ̄▽ ̄) 」と言ったが「やかましい!はよ荷物置いて来い」と無理やり球技に参加させられた。
しかもそれは候補になかったバスケットボールだ。

ノゾミがみんなと溶け込むには時間がかからなかった。
中年の先生が多い中、まだ若くてギャルな存在が、かっこいい姉貴としてみんなから好かれていった。そして彼女もみんなを好いていった。

放課後、誰かのお母さんが学童の教室に子供を迎えにきた。
しかし教室にはおらず、子供は運動場で遊んでいた。
運動場まで迎えにきたあの金髪ギャルはランドセルを振り回しながら「待たんかい!はよ帰るで!お母さん来てるんやから!」怒鳴りながら子供を追いかけまわし、捕まえてはお尻を叩いて怒っていた。
しかし、そんな、少々強引なやり方を数名の親御さんが快く思わなかった。

たまに土曜日の夜に保護者会が行われた。
先生と保護者が話し合うだけだが、私たちはみんなと会えるという理由で参加していた。
参加といっても夜の運動場で遊んだり教室でテレビを見たりするだけだが、私の役目といえば下級生たちの面倒見で、彼らの下敷きになって遊ぶだけだった。

翌日の日曜日に知ったが、土曜日の保護者会で彼女の話題が出たそうだ。
「ノゾミ先生おるやろ?あの人みんなから嫌われてる?」吉本新喜劇を見ながらご飯を食べる私に母が問いかけた。
「ううん。ノゾミはみんなから好かれてるで。俺もノゾミのこと好きや」
母は、いわゆるモンスターペアレントではなく、どちらかといえば「イジメ」や「虐待」でなければノゾミのようなやり方を好む。
違うかもしれないが「古き良き」なのだろうか。
保護者数人の中だけでノゾミの評判は落ちていたが、時に手を出して怒るノゾミを誰一人として恨んでいない。

学童で一番偉い先生はノゾミを辞めさせるかどうか考えていたそうだ。
母とその先生は仲良しだったから私にも情報は伝わってきたし、その先生と私も仲良しだった。
「あかんで。ノゾミ辞めさしたら。あのオカン達アホやねん!みんなノゾミのこと好きなん知ってるやろ?辞めさしたら怒るで」
一番偉い先生と二人になった時に私は個人的意見と、学童のリーダーとしての意見も交えて言った。

ノゾミはろくに学校も出ておらず勉強の話になると私と同じように顔をしかめ眉間に力を込めた。しかし勉強以外のことは色々と教えてくれた。

夏休みの終わり頃、ノゾミは私の背中を触ってこう言った。

「あ、たかチャン、ノーブラやな。ブラジャーしてない」
「当たり前やがな。俺男やもん」
「もうちょっと成長してから"男"名乗れ」
「なんやねん人の背中触っといて。ノーブラがなんやねん」
「面白いこと教えたるわ。女の背中触ってツルツルやったらブラジャーしてないねんで。ノーブラやで」
「嘘やん!?ほんま!?」
「ほんま( ̄▽ ̄) 」
こんな事をたまに教えてくれるところが私が…失敬、私以外のミンナが好いてる理由の1つでもあった。

夏休みが終わり普段の学校生活に戻ったが、まだ汗をかくには申し分なく誰もが薄着の放課後。私はノゾミにこっそり近づき彼女の背中に手をあて何度も上下に擦った。
ノゾミは「なによ?」といった表情を浮かべていたが私は大声で「いやぁ!ノゾミ今日ノーブラやぁ!ノゾミノーブラやぁ!」と男の先生にも聞こえるように言った。
「アホ!」頭を叩かれた。
「あのな、パッドゆぅやつがあんねん。ブラジャーせんでもええねん」
「なんやそれ?ノゾミこの前そんなんゆぅてへんかったで!見せてみぃ!」
「アホか。いや、アホなことは知ってるけど見せるわけないがな」
「あかん!見せろ!たいしたもんちゃうがな」
「お前しばくで?」
ノゾミがノーブラかどうかより、いつしか私(実際は私以外の生徒たち)はノゾミの胸を見ることに力を入れていたのかもしれない。
しかしそれは無理だったので子供の特権を最大限に利用し、胸を触ることにした。
しかし相手が悪かった。相手はあのノゾミだ。金髪ギャルの彼女は、不良としてそれなりに喧嘩も経験していた。少しでも胸に触れようものなら泣かされた。
子供なのでお姉さんの力には勝てず、いつも泣きながら「ペチャパイのくせに!」と言うしかなかった。
しかし「ペチャパイ」というと強烈なゲンコツが飛んでくる。

そんな日々がざっと過ぎ、5年生としての生活が終わるころ、ノゾミは辞めていった。
胸や尻を触ったりペチャパイ発言が彼女を辞めさせた理由ではないと知り、とりあえず一安心した。
しかしノゾミに会えない寂しさは誰もが感じていた。ノゾミには卒業式の時に居てほしい一人でもあった。
rouka.jpg
時は流れ、高校2年。
学童生活のこともほとんど忘れていた頃にクリスマスカードが届いた。ノゾミからだ。

「元気ですか?もう高校生でお兄さんですね。高校生活はどうですか?そろそろ受験かな?元気に遊んでますか?たかチャンは天邪鬼で、たまにわざと嫌われようとしたり口が悪かったり勘違いされて損をするけど、変なところで真っ直ぐな性格はあなたの良いところ。それを知ってるみんなはそんなたかチャンのことが好きだったでしょ?あなが好きな友達や子供たちをこれからも大事にしてあげて下さいね。寒いから風邪ひかないように!お母さんを守ってあげてネ」

なんやこれ!?自殺でもすんのか!?ノゾミどこにおるんや!?
ドキドキしたのも束の間、最後に「たかチャンは携帯持ってるかな?もしよかったら連絡下さい。久しぶりに会いたいネ。メリークリスマス」と書かれていた。

私はすぐに携帯を手にしていた。

「ハロー!俺です。メリークリスマス!手紙ビックリしたよ!ノゾミ死ぬんか思たわ!!急にどないしたん!?」
メールのやり取りを数回してから久しぶりに会った。

ノゾミはまだ若くて美人だったが、金髪から優しめの茶髪に変わっていた。
「久しぶりの再会に乾杯!」
一杯目の飲み物もそこそこにノゾミとの会話は始まった。
「たかチャン、子供の時からポッチャリやったけどえらい太ったなぁ。何キロあんの?」
「うん。中2でボクシングやめてそれから陸上で砲丸投げやってんねん。俺背低いから体重ないと厳しい言われてな、とりあえず食べまくって筋トレして増量したんよ。でも今はシーズンちゃうから体重増えてて95kgぐらいかな。シーズン始まる前から鬼ごっこして体絞って筋肉つけていくねん」
「鬼ごっこて…練習ならんやん」
「陸上の練習とはバスケ、バドミントン、鬼ごっこ、水泳、水鉄砲、水風船すべてや。なんでも楽しまな損やで。後はババ抜きと隠れんぼ」
「あんた昔からババ抜きと隠れんぼ好きやなぁ。シーズンって…なんかかっこいい言い方するけどシーズン入ったら何キロまで絞るん?」
「94kg」
「絞れてへんがな!」

そんなアホな笑い話もそこそこに「彼女おんの?」とノゾミは聞いてきた。

「まぁな」
「うそー!どんな人?見せて見せて」
「いや、別にそんな見せるほどやないわ」
「いいの!はよ見せぇ!」
彼女が勝手に携帯に貼っていたプリクラを仕方なく見せた。
「うわぁー、ギャルやなぁ!」
「おいおいお前が言うな。ノゾミのこともかなりギャルに感じてたんやぞ」
「そうか?私普通やったやん。金髪なだけよ。この子同い年なん?たかチャン、ギャルが好きなん?」
「同い年やで。別にギャルが好きやないよ。なんかしらんけど付き合ってんねん」
「へぇ~。なんか嬉しいなぁ。ちょっと寂しいけど」
「何が寂しいのんな?」
「だってたかチャンが付き合ってんねんで」
「俺も思うわ…なんで俺が付き合ってんのやろって。そいつ浜崎あゆみが大好きで家いったらいつも聞かされてるねん。俺、浜崎あゆみ興味ないからしんどわ。俺の好きなアメリカのバンドかけたらすぐ消して怒るしな…鬱陶しいで~」
「浜崎あゆみ好きそうやなぁ。見ただけでもわかるわ」
「この前は19も好きゆぅてたわ。せやから20ってバンド組んだろか思てな」
「19に対抗して?」
「お!よくわかったな!」
「単純すぎ。アホやなぁ、ほんま。あんたらしくてええわ。たかチャンももう"男"になったんやなぁ。私の背中触ってたころとは違うやん」
「ほっといて」
「ちゃんと避妊しーよ。私ドラッグストアで働いてるからいつでも買いにおいでや」
「なんで買うとこノゾミに見られなあかんねん!言われなくてもちゃんとしてます」
「なんでよー、若い子買いにくるよ?男の子より女の子の方が買いにきてて偉いな思ってるんよ。まぁちゃんとしてるならええわ。ほんでそろそろ受験ちゃうの?大学行くん?」
「へいへい。さぁ、まだ考えてへんわぁ…俺は勉強よりも部活やからなぁ」
「昔から勉強より体動かしてたもんなぁ」
「おぅ!俺が勉強したら地球割れてまうで!でもな大学とか考えてないけど子供好きやから幼稚園の先生とか、それこそ学童の先生みたいなこともいいなって思ってるんよね…」
「学童の頃から子供好きやったもんなぁ。優しいしみんなから好かれてええんちゃう?鍛えてるから力あるやろし体大きいしマスコットみたいに好かれるで」
「みんなそう言うわ。でも年寄りも好きやから、福祉とか、バリアフリーとか。アホな考え丸出しやけど地雷撤去とか…」
「地雷撤去て…簡単な話やないし大袈裟やけどええやん、あんたらしいし。今考えてる将来が全てやないんやからなんでもやってみたらええよ。25歳ぐらいまで悩んでもええ思うわ。私を見習え」
「ノゾミ見習って金髪にしよか」
「いや、たかチャンは細い髪の毛で天パで黒いからええねん」
「細いから地肌見えまくりや。ハゲて見えるやろ?」
「小学校の時から見え見えやったで。それネタにしたらええねん。大阪で生きてんのやったら笑われてナンボやん」
「ハゲをネタにできるのはせめて40代からや…」
「あんた髪クルクルやから地肌見えてるだけと思うけどなぁ~」
「ほんま!?」
「いや知らんけど」
「どないやねん…」

私たちは再会を楽しんだ。
終始笑顔だったノゾミの顔から一瞬だけ違う表情を覗かせたのは「彼氏がどっか消えてしもた」と言った時だった。

「でもな、もうええねん。体目当てやったんや。見抜けんかった私が悪いねん」
「そのとーり!お前が悪いー!」
「ふふ、実は心の中ではその男に怒ってるくせに」
「オバハン、妄想が過ぎるど」
「ええのええの。わかってるよ。あんたはそういう人や。でもほんまもう全然気にしてないし、今日会えたことの方が嬉しい」

さらにノゾミは携帯のストラップを見せつけこう言った。

「これ、アンパンマンのストラップやねんけどな、私な、たかチャンがアンパンマンに似てて好っきゃねん。たかチャンのおでこのホクロもちゃんとアンパンマンにつけてんねんで。ボールペンで書いたんよ。油性やで。ずっとこれ付けてんねん」
「誰がアンパンマンやねん。そんなもん外せ」
「ええねんええねん。守り神みたいなもんやから」
「何が悲しくてオバハン守らなあかんねん」
「オバハンゆぅな。まだナンパされるわい」
「そうゆうのにホイホイ行ってたら体だけになりまんねんで」
「わかってまんがな」

「たかチャンってナンパとかすんの?」
「いや、したことない…あれってカッコいい人がやるんやろ?」
「ブサイクもおるで」
「ほな俺も可能性はあるかな?やってみよかな…」
「私相手に練習してみたら?」
「ね、姉ちゃん、べ、ベッピンでんなぁ。茶でもしばきに行かへんか?ミックスジュースでもばちばちにどつき回したろけ」
「たかチャン、ごめん…ナンパはやめとこ。怖いわ」

他にどんな会話をしたかは覚えていない。
また連絡するねとお互い家路についた。そろそろ朝日が昇りそうな気配だ。

その後、しばらくメールを続けたが、何時の間にか連絡が途絶えていた。

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それからまた数年が経過した正月、ノゾミから年賀状が届いた。なんと結婚したという報告だった。
ノゾミももう人妻になったんやなぁ。あの頃はギャルでお姉ちゃんでまだガキやったのに…とシミジミしていると「家においでよ。旦那も紹介するから」
そう誘われたがさすがに新婚夫婦の家に行くのは申し訳ないし、旦那さんからしたら私のことなど赤の他人でどうでもいい存在だ。しかしノゾミが来い、旦那が会いたいと言うので会いにいくしかなかった。

マンションの前に着くと、どこからかノゾミが出てきた。
「もうちょい待って。今旦那が買い物いってるから。あ、帰ってきた。アレやで、あの帽子被ってるアレ」
指差す方へ目をやると赤いキャップを深く被った小柄だがかっこいい男性がビールケースを肩に担いで現れた。

挨拶もそこそこに家に招かれた。
部屋の中でノゾミが私のことを旦那に紹介し、さらに当時の話や私の母のことまで話だした。
「たかチャンのお母さんは日本の母やんなぁ。私もそうなりたい」まるで昔のノゾミからは想像もつかない発言だ。。。
私は旦那の顔をチラチラ見ながら、優しそうで男前な面持ちに安心した。
いや、顔なんてどうでもいい。
ノゾミを幸せにしてくれるなら…と私は安心した。
すると、旦那はノゾミから視線を外し足元を見てこう言った。
「あれぇ?なんか痛いわ」
ノゾミは「え、なに?血出てるやん!いつから?」と問うも、旦那の応えは「いや分からん。なんか痛い思てたら爪割れてたんか」
ノゾミは立ち上がり救急箱から絆創膏を取り出した。

ノゾミは大人になっていた。
いや、当時から優しさは感じていたが、どうしても金髪ギャルだった彼女を知っている身としては "ただ絆創膏を貼ってあげる" だけのことがとてつもなく優しい女に思えた。

新婚の家に長居するのもアレなので比較的短時間で家を出た。

どうしても当時を思い出す。
「こらぁ!あの子泣かしたやろ!待たんかい!」
「こらっ!!なんですぐ喧嘩すんねん!」
「たかチャンはお兄ちゃんやからもっと子供たちを守ってあげなさい」
「あ!私のお菓子食べたやろ!待てや!しばくぞ!」
「窓割った子をかばってあげたんやてなぁ。俺が割ったんや!って怒鳴りちらしたらしいやん。ええ心してるわ。あんた男前やで」
「愛チャンがたかチャンのこと好きゆぅてたでぇ。あれ、あんた顔赤くなってるで!あ、ほら焦った時のオデコの汗も出てきた!照れてんの?なぁ、あんた照れてんの?今日一緒に帰ったげたら?」
「もうたかチャンのこと嫌い」
「ごめん、お願いやから無視せんと何か話してよ」
「はい、バレンタインのチョコ。手作りやで! はぁ!?マズイやと!?うるさいわアホのくせして!もうお前には作らん!」
「ペチャパイゆぅなボケぇ!しばくそクソガキ!」

ノゾミをたくさん怒らせた。たくさん喧嘩した。そしてたくさん笑いあった。
もう耳を引っ張られたりランドセルを振り回されたり叩かれることもない。

それからまた時が経ち、ノゾミから手紙が届いた。
「子供が産まれました。ぜひ子供見にきて下さい。今度はご飯作るね」
赤ちゃんの可愛い写真を眺めながらノゾミがどんどん私から離れていくことに寂しさを感じた。
しかし、それとは反対にノゾミがお姉ちゃんから大人の女になり、母になったことに多大なる喜びも感じた。

私は、ノゾミに子供が生まれてからは一度も会っていない。
いや、会わないようにしている。
もうアドレスも変えて教えていない。当時の家からは引越したので手紙も来ない。
でも、それでいいと思ってる。

みんなノゾミが大好きでした。
学童の先生として来てくれてありがとう。出会えて本当によかった。
実を言うと、小学校だけでなく、私が答辞を読んだ高校の卒業式にも居てほしかった。


25歳の頃、私はノゾミを町で見かけた。
メガネをかけ若干老けた彼女は、ママチャリの前カゴに買物袋を置き、携帯を握る手からストラップをこぼしながら誰かと話していた。

ずいぶんと、色の剥げた守り神のストラップを揺らしながら。
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私的ダイエット
Twitterで宣言しました「今年中に58kgまで痩せる」
実はこれ焦ってます。かなり。。今日からダイエットを始める。

間に合わない気がします。
というのも、年末までに12kgを落とすとなれば単純計算-4kg/月、-1kg/週になる。
前回のクレイジーなダイエットなら楽にクリアできるかもしれないが、今回は「無茶をしない」やり方が前提。

本来はダイエットが終わって保っていた65kgに戻すだけの予定だったが、Twitterのフォロワーさんの中で180cmを超えていて58kgというシュッとした体型の方がいましてですね、背が低い私より細いとなれば「ならばやってやろう!58kgに変更だ!」ということで65kgから58kgに変更しました。
そして私の専属ダイエット審査員に「年内に間に合わせてみせよ」との指令。
年内に58kgとなれば本当に厳しいです。年度内ならば間違いなくクリアできる作業かもしれませんが。

さて、3年前の9月16日
私は「ダイエットして痩せます」と声明を発表した。
チュニジア辺りからは「マジか!?」、「ついに!?」、「こいつはパラダイスだぜ!」とのお声も一切なく、身内だけで盛り上がっただけでした。期限はちょうど一年間。

では、なぜダイエットを始めたのか・・・そこから話したいと思う。
たった3kg、されど3kgに苦しむ専属ダイエット審査員との電話中に「あんた今何キロあるん?測ってみて」と言われたことが全ての始まりだった。

124kg

いくら砲丸投げをしていたからとて124kgは現役時の体重よりも30kg近くもかけ離れてしまっていた。私は引退し、成人してからも現役のままの食生活を続けていたため、見事に膨張し続けたのだ。

唯一の救いだったのは筋トレをしていたので、いわゆるスライム体型ではなく、「肩幅も背中も広く、腕も太く硬く、足も露骨な筋肉のお陰で外人レスラーのような体」と言われていたことか。

しかし現実は124kgなのだ。これはさすがにヘビーだ。
審査員は私に「ちょっと痩せれば?」と言った。

しかし体に染み付いた食生活を変えることは難しい。だが私は前向きだった。そして変わっていく自分を想像するだけで楽しかった。「ほな、ちょっくら痩せてみよかな」そんな軽いノリだった。
相手が3kgで苦しんでるなら、私が一緒に痩せてあげることで相乗効果で刺激にもなると思った私は、「ほなとりあえず来年の9/16までに30kg落とすわ」と軽はずみな発言をした。

その頃の私は、顔に似合わず絵手紙という趣味をもっていた。
まるで年寄りのようだ・・・
絵手紙を描くにも素材が必要で、よくデジカメを持って出かけた。もっとはっきり素材を写したいと思い、それからデジタル一眼レフを購入したが、いつしか絵手紙よりも素材探しのためにママチャリで街を駆け巡っていた。
当時はまだダイエット宣言前と変わらぬ食生活だったが、自転車を漕いでほんの少し遠出するだけで少しずつ、しかし確実に落ちていった。

気付けば「ただ漕いでるだけ」のママチャリダイエットに私は嵌っていた。
用事もないのに20km、30kmと距離を伸ばしたのは2009年の新春の頃だ。
「30kg落とすの間に合うから40kgに変更します」そう伝えた。それから私の本格的なダイエットがスタートした。

徹底的に食生活を変え、あらゆる物事を投げ出してダイエットのためだけに一日一日を過ごした。
食事といえば、まるで囚人より酷い内容だ。

一日のうちに摂取する炭水化物、すなわち米はたった一口。オカズといえば低カロリー高タンパクのササミ一本だ。
ササミがない時はサラダを数口食べるだけだった。

そんな食事量に対する運動量といえば、相変わらずママチャリに乗って40km~80km以上を走っていた。
調子の悪い時は40kmだけ走り、筋トレやクールダウンのウォーキングに力を入れた。
調子のいい時は最低でも60km以上を走るようにしていた。

いつも河川敷を走っていたので、たまには気分を変えようと箕面を目指し、新御堂筋に沿っては筋トレと称して座ったまま坂道を登った。
しかし千里中央を超えた後の坂道に絶句し、座り漕ぎは断念し、ついには押して歩くという醜態も晒したが、桃山台駅の上り坂で爆走座り漕ぎを披露して電動自転車を抜いたことは自分をほめてやりたいと思った。
また後日、地図を前カゴに入れて走れば神戸駅からほど近い三宮駅に着いた。距離にして往復約70kmだったが、気分転換にはちょうどよかった。
ただ残念なことは、まだ西宮だというのにママチャリが壊れたことだ。ちょうど毎年福男を決めるレースで有名な神社の前だ。私に福は訪れないのかと思った。

毎日こんなにも走ればホームセンターのママチャリなんて壊れて当然だ。なんとか家まで走ってくれたママチャリに今までありがとうと伝え、私は新しいママチャリを中古屋で買った。
新しいママチャリは3段変速で5000円だったが、やはり日本のママチャリは強い。今も現役で私を運んでくれている。

「ごめん、40kg間に合うから50kgに変更していい?」さすがに相手は私の体を心配していた。
軽はずみな「ダイエットしたら?」という発言がここまで私を動かすとは思わなかっただろう。
しかし、変なところで無茶をするのもまた私だ。

期限の9/16が近づいてきた夏前から、追い込みと称して更なる食事制限を設け、ササミを一口に変え、米一口、ササミ一口の生活が始まった。
さらに、ただでさえ脂の少ないササミを最低でも三度は湯がき、できるだけ脂分を抜き取った。

しかしこの頃からよく異変を感じた。立ちくらみが頻繁に起こるようになったのだ。
筋トレを終え、バランスボールに座りながらクールダウンのストレッチをし、立ち上がるといつもの立ちくらみに襲われたが、その日は特に強烈だった。全身が痙攣し、踏ん張れず倒れた。倒れてもなお体が揺れていた。更に、じんわりと頭が暖かくなる感覚も覚えている。
が、そんなことより期限が迫ってきているダイエットに集中した。ほぼ毎日起こる立ちくらみや軽い痙攣にも慣れ、若干それをも楽しんだ。

ついに期限の9/16がきた。計量はその日の夜だ。
昼にママチャリ、夕方~夜に筋トレの無酸素運動とウォーキングの有酸素運動でクールダウンし、最後はストレッチで数ヶ月分の体を休めて体重計に乗った。

結果は71.2kgだった。

124kg → 71.2kg
目標の「マイナス50kg」は達成した。あんな食事制限と運動を繰り返せば当然の結果かもしれない。

おっと、困ったことに服がない。服が大きいから着て外に出れない。
肩幅や胸板、腕の太さで合わせていた4~5Lサイズの服は全てM~Lに変わり、太もものサイズで合わせていた最大46インチのジーンズは28~30インチに変わった。
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月日が流れ、ダイエットが終わってから一年後の去年の9/16、私は「ダイエット成功一周年記念」と称し、「ちょっとだけまたダイエットします」宣言をした。当時の体重は65kgを保っていたがイベント的に行ったダイエットでは60.9kgに、体脂肪率は3%を平均値として記録していた。
しかしこれは一時的に体重を落としただけだったので数ヶ月かけて再び65kgに戻した。その後、冬を越すために脂肪を蓄えた結果板チョコを食べすぎて今の70~71kgに至る。


ここまで私のダイエットの経緯を述べたが、忠告しておかなければならないことがあります。
「炭水化物を取り過ぎると太る」これは当然のように周知されていますが、逆に脂肪がないと困ることも当然。
過度の食事制限を設けてしまうと、脳や体が飢餓状態と判断し、なんとかして生命維持のために脂肪を作り出してしまうのだ。
私はそれを避けるために、ママチャリの運動とは別に徹底的に無酸素運動の筋トレも続けた。
しかし腕立てや腹筋などを100回もこなすほど無駄な筋トレはしていない。

ゆっくりと負荷をかけてイジメるスローな筋トレだけを行ってきた。
もちろんそれで砲丸投げ現役時の筋肉量を取り戻すことはできなかったが、一般レベルで程よい筋肉質な体を作り上げた。

食事制限だけのダイエットをしている方にはオススメしませんが、健康的に運動も取り入れて痩せようとしている方の中でも、特に女性にオススメしたいことがあります。

それは「無理をしないで、息抜きをしましょう」だ。
どういうことかと言うと、好きなケーキやチョコなどを我慢する必要はないということ。

はっきり言って、自分へのご褒美で二週間に一回ぐらいケーキを食べていいんですよ。
適度な食事制限と健康的に運動を継続できている方のみに言えることですよ。間違えないように。

ダイエットで特に女性が陥りやすいのが心の面で苦労することだと思います。
ケーキやチョコなんてダイエットの大敵と思ってませんか? 実は、その思考こそ大敵なんです。
特に女性の場合、ダイエットで痩せるためには心身共に前向きになれていることが絶対条件だと思います。
「よし!やるぞ!絶対○kg痩せてやる!」
↑いいですね、この気持ち。
でも、「痩せるためにケーキなんて食べない!」と感じてしまっては残念です。

継続して「頑張る!」ために、あくまでもご褒美の範囲で好きなケーキやチョコを食べて「楽しむ!」というリフレッシュタイムを設けて下さい。
怖いのはダイエット後やダイエット断念時からストレスを感じて必要以上に摂取してしまうこと。それならご褒美を設けて前もったストレス対策に繋げましょう。

改めて言いますが、適度な食事制限と健康的な運動を取り入れておられる方へのアドバイスですよ。
間違わないでください。それらがしっかりと出来ている方はご褒美タイムのケーキごときで太りません。

ダイエットをされておられる方で、何か楽しみは見つけてますか?
私は、ダイエット中に楽しんだことがあります。
1つめは、一日に何回も体重計に乗ること。
2つめは、汚い話で申し訳ないのですが、トイレで大をする前とした後の体重を測定すること。

馬鹿げた内容かもしれませんが、レコーディングダイエットのそれに近いものがあるかと思います。
ダイエットの中で何かしらの楽しみを見つけて下さい。

一応計測結果として記録を載せます。トイレから出てきたら最高で1kg減っていました。
平均は600gでした。


真夏、暑いですよね。アイスやかき氷食べたいですよね。
私が真夏にお世話になるアイス類といえば、森永アイスボックスです。
これ、12kcalなんですよ。蒟蒻畑1つ食べるよりアイスボックス2つ食べる方がカロリーは低いんです。
あくまでもカロリー数値ですがね。


さて、我流もありますが筋トレのオススメのやり方も話しましょうか。
本文でも少し触れましたが、腕立て伏せや腹筋など100回もこなすほど無駄な筋トレはありません。
いや、それも立派な筋トレでございますし、やってない人より遥かに健康的で素晴らしいですよ。
ですが、やり方次第では本当に無駄な回数をこなしているだけになります。

常に負荷をかけ続けるやり方が大切で効率的かと思っております。

負荷をかけるとは?
腕立ての一連の動きだけでも十分に負荷はかかっています。しかし更なる負荷をかけることで、回数を減らしても効果が増します。
キーワードは「ゆっくり」!
説明しやすい腕立て伏せでいえば、腕を伸ばした状態から折り曲げて上体を下げますよね?
その時に息を吸いながらゆっくりと下げてください。
目安は5秒前後。そして無理をせず耐えれるところまででいいです。
女性の場合は爪先ではなく膝をついて上体を支えてもかまいません。

そして腕を曲げて上体を下げた位置で2~3秒キープしてください。
それから再びゆっくりと息を吐きながら5秒前後かけて腕を伸ばし上体を上げてください。
私は腕を伸ばしきらないところで止めます。伸ばしきると負荷が途切れて休んでしまうので。

数秒かけて上体を下げる→少しキープ→数秒かけて上体をあげる。
これを1セット10回でいいですし、物足りない!もっと出来る!なめんなよ!という方は増やしていただいて結構です。もちろん女性の場合5回とかでも大丈夫です。
それを30秒~1分ほど休憩を挟んで3セットしましょう。
あくまでも我流の部分が含まれておりますが、こういった負荷をかけて行う筋トレは、ただ100回こなすために腕を折り曲げて伸ばすだけの作業的な腕立てよりは効くと思いますよ。

腹筋にしても時間をかけてゆっくりと。
大事なのは力を入れる時に息を吐くことです。腹筋でいえば上体を下げる(寝かせる)時ですね。上体を寝かせた時に肩が床に付かない位置で耐えてください。
たまに力をいれる時に息を止めてる方もいますが、重い負荷を利用した筋トレ(たとえば重量上げみたいな)以外では息を止めるなんて体に失礼ですよ。

男性女性問わずよく誤解されていることが「腹筋を鍛える=お腹が割れる」ということでしょうか。
たとえばお相撲さんもお腹が割れています。ただ、脂肪が覆いかぶさっているために腹筋群が露出していない。
逆に単純に脂肪が少ない人は腹筋力がなくても腹筋群が露出して見えやすいのです。ただの露出魔ですね。

もちろん腹筋を鍛えることにより腹筋群がより強くなります。腹筋が強化されるとどうなるかは私は知らないですが、まぁ「なんか良いんじゃね?」ということでしょう。
お腹が割れている人にたいして「腹筋すごいね」ではなく「脂肪がないから腹筋群がよく見えるね」と褒めてみることもいいんじゃないでしょうか?

最後に、腹筋を鍛えるというのはあくまでも「見た目」に近いものがあります。
いわゆる外っ面。
とくに女性にオススメしてるトレーニングで、簡単にインナーマッスル(内面)を鍛える腹筋があります。
すでにご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、「ドローイン」という腹筋をご存知でしょうか?

簡単すぎる腹筋です。たぶん世界一簡単な腹筋じゃないでしょうか。
寝ていても立っていても座っていてもできる筋トレ。
私も詳しくは知らないのですが、お腹(おへそ周辺)を意識して限界まで凹ませてください。そしてグイッとお腹の奥を触ってみてください。お腹の奥が硬くなってませんか?
それがインナーマッスルです。そこを鍛える簡単な腹筋がドローインです。テレビや雑誌やネットでも紹介されたりしてますが、お腹の奥が硬くなるまで強く凹ませる。もうなんならお腹を背中にくっつけちゃってください。
おへそ、下腹あたりを意識して、一回に30秒ほどと言われてたかな?もちろんこれも個人差があるので1分や2分続けられる方は続けて下さい。
死にたくなければ呼吸は止めるな。

やりやすい姿勢は四つん這いでしょうか?
もしくは立っている時。座っているときは背筋を伸ばした方がやりやすいですかね。
うつ伏せとかでやっていただいても大丈夫ですよ。
インナーマッスルは目に見えませんが、ドローインは女性はもちろん男性にもオススメですよ♫
メイクの腹筋、スッピンのドローインですな。


そんなこんなでいつも通りの長文で私的思考に基づいた内容にもなっておりますが、ダイエットをされている方に何か1つでもためになる情報が含まれていれば書いてよかったと思います。
年末までに58kgはなかなか厳しい戦いになりますが諦めませんよ。たとえ達成しなくても出来るところまでダイエットを楽しみますよっと!達成したらホルモンでも食べてぇなぁ~。

最後になりますが、私は痩せただけでダイエット成功とは思っていません。ダイエットとは健康管理そのもの。
リバウンドしない体になってこそダイエット成功と言えるものだと思っています。

去年の冬前から、冬を乗り切るために脂肪を蓄えようと運動もせずに板チョコを食べすぎて2年前から5kg増の70kgになった私。これをリバウンドと取るかは人それぞれですが、まぁリバウンドでしょう。やはり運動は大事です。せめて軽く筋トレを続けていただけでも65kgは保てていたのではないかと感じています。

痩せたいなら食え!痩せるために太れ!食ったら動け!食いたきゃ動け!動いたら食え!動きたきゃ食え!痩せるも太るも食事と運動が大事で、そしてなによりも・・・おっと、すいません。
プリンが私を呼んでいますので失礼します。

ε=ε=ε=ε=ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

プリンちゃんごめんよ~待たせちゃったね(><)寂しかったでちゅかぁ~(´ε` )あら、シュークリームちゃんもいたんでちゅかぁ~(≧∇≦)




点てルンです
Twitterではたまにお抹茶のお話をさせてもらってますが、私がお抹茶を好きになった経緯をお話しようと思います。

さて、さっそく堅苦しい喋り方はやめるとしよう。

私は茶道をしてるわけではない。
もし、私が茶道をしていれば私を知る者は必ずこう言う「似合わんわぁ。いや、似合わんわぁ。キモいわぁ」と。
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ではなぜ私が抹茶の道具を持っており家で抹茶を点てるかというと、これは母の影響である。
母は茶道をしていたらしく、その流れで家に茶筅(ちゃせん=抹茶を点てる道具)があった。

抹茶碗は、その茶道の先生が休みの度に骨董品巡りをするのが趣味だそうで、わざわざ母のために抹茶碗を買ってくれたというのだ。
そこまでしていただたのに母は今では自分で点てることができない。
飲む時はいつも私が点てる。

記憶にはないが、まだ小さかった幼少期、母と祖母と京都か奈良へ旅行した際に休憩しようとお茶屋へ訪れた。
とりあえず抹茶3人分を頼むも、母も祖母もまだ3歳の私が抹茶なんて飲めるはずがないと思っていたそうだ。
ならなぜ私の分を頼んだのか。

先ずお菓子を口にする。
上等な味の繊細な菓子だったのだろうが小さな子供が喜ぶレベルではない。
チョコ出せよこの野郎め!

そして抹茶を飲む時が来た。
二人は私の「苦ぁ~い(>_<)」という顔を期待したと思うがグビグビ飲み干す様を見て茶屋ぐるみで驚いたそうな。
それが私の抹茶初体験。

時は流れ、専門学校の頃、研修で長野に行った。
そこでなぜか全員が抹茶を点てて飲むというイベントがあった。
夜中までババを抜くというトランプゲームに全力を尽くしていた私は抹茶の時間が眠くて仕方ない。
というか、寝ていた。
仕方ない。ババを抜くトランプゲームが好きなのだ。
しかしババを抜いてしまったり、相手指がババに触れようとすると若干笑ってしまう癖があるのでバレる。
逆にババを抜いてしまった時も微笑するからバレる。

隣にいたクラスメイトに「起きや」と注意された。
が、「あんた誰?」というのが率直な感想だ。
長野研修は早く仲良くなろうという意味合いも含まれていたため、まだこの時は喋ったことがないクラスメイトが多数だった。

抹茶の先生はコクリコクリと寝ていた私に気付いていたらしく、私の前に来て「点ててみて」と難癖つけてきた。
点ててみろと言われたので仕方なく点てた。
こうですか?こうですか?とわからないフリをしながらもシャカシャカと点てる。
決して上手くはないが、それなりに小さい頃から抹茶とは付き合ってきたので難なく点てる私に「そ、そうそう」と言い残しそそくさと私の前から消えた。

抹茶は好きだがテキトーな私を茶道家は嫌うだろう。
でも、茶道家はこう言う。
茶道は堅苦しい部分もあるが抹茶を好きな理由に堅苦しさは必要ない。
むしろ抹茶を楽しむことが何よりも大切だと。

私は中学高校と陸上部でマイナーな砲丸投げを選んできた異端児。
高校には茶道部があった。
私は不良生徒ではなかったが、良い子でもなかった。
無断で校長室に入り弁当を盗み食い、高級ソファーに座り珈琲を一服、校長先生をパシリ扱いと文面で見ると酷いが真に仲良しだ。
私は勉強は嫌いだが高校3年の頃には無遅刻無欠席で卒業式後に受賞するほど学校と友達と先生好きとして有名だった。
これは建築の専門学校に通っていた頃も同じで学校が好きだった。
その直後に同じクラスメイトが3年間無遅刻無欠席で受賞し、私の存在は一瞬にして忘れ去られた。
「てめー!遅刻しろよ!欠席しろよ!なんで学校に来るんだよ!」と消しゴムのカスで攻撃したことは口が裂けても言えない。

話は逸れたが、我が校の茶道部に乗り込んでは「おいおいおい、そんな力入れて点てるもんやないで。肘から動かしたら疲れるだけやがな。手首のスナップでやんねん、ほらこな感じによ」と頼まれてもないのに勝手に点ててはお菓子を食べ、飲み干し、部活に戻るということもしていた。

とはいえ、普段から飲んでるわけではない。
良いお菓子をいただいた時は抹茶を点てるようにしている。
最近では讃岐の和三盆をいただいた。
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口の中で溶ける讃岐和三盆が美味だ。
普段、どれだけ安物の和三盆を口にしているかがバレる。

決して抹茶を舐めている訳ではない。
母が表か裏かも特に気にしない。本人曰く裏千家だと言ってたが、我流の私には関係ない。
ましてやブルボンのルマンドを食べながら、Rage Against The Machineというロックミュージックを聞いて抹茶を飲む私を千利休が許すはずがない。
利休よ、スマン。

最近は行ってないが、隣町のバーに茶道家の方が来るらしく、バーのマスター経由で茶道具屋さんを教えていただいた。
教えられた店に着くと、初見ではなんとも入りづらい雰囲気が漂っている。
ましてハットを被った野郎、背の高い野郎、茶髪の野郎3人が容易に立ち入る店ではない…帰ろうとした時、店のお婆様が「どーぞどーぞ、気にせず入って下さい」とドアをあけてくれた。
なんと…我々を強盗ではないと見抜いたのか、驚くほど優しい人間性に私達は魅かれていった。
そして道具の話しを済ましたあと、抹茶の粉を買うとなった時に「まぁまぁ、お座りなってくださいな」と言い残し奥へと引っ込んだ。
何をする気だ?包丁か銃でも取り出し私達から金品を奪う気か?と思った矢先、なんとお菓子とお抹茶が運ばれてきた。
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なんなんだこのお婆様
「もう年やからこの程度しか点てれず申し訳ない」みたいなことを言ってたが、違う。
これはあきらかに謙遜している。
しかもその抹茶がまろやかなのだ。
私はこの点てていただいた抹茶を買うことに決めた。

お婆様いわく「40gで1200円の安モンですが先生方も値段のわりに良いと言ってます。おすすめです。もう少し高い抹茶もあるけどこちらの方を買えばいいですよ」と言うように、本当にまろやかで抹茶のほのかな甘みも口に広がった。

抹茶と80本立の茶筅を買うことにした。
なんとここで更に安くしてくれるというのだ。
二つ合わせて2500円ぐらいにしていただいたと思う。。。
本当に感謝…
こんな計算をすると非常に失礼だが、抹茶一人前500円と仮定し、三人分で1500円だ。
高価ではないが茶筅だけで2000円近くしたと思う。
結局抹茶と茶筅を1000円で買えたようなもの…

店のお婆様は言ってた。
茶道じゃなくても若い男性が抹茶に興味を示して自分で点ててくれるだけで嬉しいんですよと、本当に嬉しそうな笑顔を振りまいていた。
お婆様、必ずやまたこの店に来ます。本当にありがとうございました!
バーのマスターとマスター経由で抹茶の店を教えてくださった方にも重ねてお礼を申し上げます!

先日、女性(←私の弟子みたいなもの)を引き連れて陶芸教室の一日体験で自分専用の抹茶碗を作りにいった。
縄文時代から作られていたとされる手びねりという手法でMy抹茶碗を作った。
完成は10月頭になるが、楽しみで仕方ない。
私は手びねりをいかして飲み口を綺麗に仕上げなかった。
連れは飲み口を綺麗に仕上げていた。
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どちらがいいということはないが、見た目は綺麗な後者が良いだろう。

家で飲むにしても茶筅だけは必須アイテムとなる。
抹茶を点てるには茶筅を買おう。
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ここまで述べてきて言うことではないが、点て方はどうでもいいと思う。
抹茶を点てて飲む。
それを楽しめばいいんでないかい?といったのが素直な感想だ。

抹茶を嫌うほとんどの人が抹茶の苦味ではなく渋味を口にするからではないだろうか?
やはり安いだけの抹茶は渋味が勝って不快な不味さが漂う。
多少値は張るが買われるならば安物は避けてほしい。
回転寿司のウニと同じだ。
ウニ好きとして言わせていただくと、回転寿司のウニはただの泥。

私がこの茶道具屋で買った抹茶は「京昔」という銘柄。
値段は各所バラつきはあると思うが本当に悪くないと思います。
もちろん高級抹茶と比べれば不味いでしょう。
もちろん水にも左右されるでしょう。

余談だが、陶芸教室に連れて行った私の弟子には、スーパーで売られているようなグリーンティーの粉ではなく、ほどよくちゃんとした抹茶粉を用いて菓子作りをさせようかと目論んでいる。
緑色を落とし込んだ菓子を抹茶味と名乗ることに飽き飽きなのだ。

しかし自分でも思うよ。
こんな見た目で抹茶を飲むだけでなく点てるともなれば私は笑われても仕方ない存在だ。
大阪人として、笑われてナンボなら今後もたまに抹茶を点てようではないか。

「似合わんわぁ」と言われる褒め言葉を求めて。


そこのあなた、「ちょっとお抹茶しませんか?」
そう、少し早く目覚めたまだ薄暗い朝。
静かな時間の中でシャカシャカと音と共に点ててみませんか?
朝焼けでも眺めながらほっこりしませんか?
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トムソーヤを乗り越えて
恥ずかしい話だが、私は小説を読んだことがない。
読んだことがないというよりは、読みきったことがない。
自慢にはならないが、アホと例えられる私の性格上、絵のない本は読めない。

小説は想像して読むんだよ。
と教えられても、妄想は得意だが想像はそこまで得意ではない。

高校・・・
小説を読んで作文用紙に感想を書いこいというなんとも馬鹿げた宿題が出された。

私は有名なトムソーヤの冒険を古本で買い、仕方なく読み進めるもすぐ挫折したのだ。
絵がないからね。字を読むのが苦手というか、そういう病気。

だが、作文を書くことは得意な方だった。
いや、得意というよりは、簡潔にまとめられないから何枚も書いた。
そう、まるでこのブログのように長たらしいのだ。

「冒険」というだけあってRPGのような世界観だろう。いわゆるSFというジャンルなんじゃないか?と感じた私はペンを手に作文を書き綴った。

「木で出来た棒しか持ってないけど洞窟に入っていくねん。あそこは入ったらあかん!っておかんに言われてたけどトムは年頃やしおかまいなし。洞窟は薄暗くてたまにコウモリやネズミも出てくる。でも疲れても綺麗な湧き水で癒されるんよ」
「まだまだ弱いし技もないけど奥へ進んでいくうちに多少強くなんねん。左かな?思て進むけどなんもないんよね。あれほんま腹立つよなぁ。せめて宝置いとけよな」
「だいたいあの辺でレベル上げする」
「洞窟を抜けると別世界で、真の冒険が始まる。闇に支配された世界で、悪の大王が人々を苦しめてんねん。奴を倒すには光の武器と仲間が必要」
「仲間を殺されたトムはついに覚醒し伝説とされていた魔法ショットプットを発動させ圧倒的な力で大魔王を倒し世界は光に照らされる」
「洞窟を抜けて村に帰るといつもと変わらん景色や人々。おかんにはどこ行ってたんや!と怒られるトム。泣き虫だったトムが強くなったと気付いたのは村長だけやった」

うろ覚えだが上記のようなことを延々と書いたと思う。

作文用紙の枚数なら学年でも間違いなく1位だったろう。
しかし先生は私を職員室に呼び出した。
あさはかだった。トムソーヤの冒険は有名すぎたのだ。
「これ、なんのストーリー?あんた何かのゲームと間違えてるんちゃうの?ちゃんと読んだんか!?」と怒る。

先生、小説とは想像することなんだよ。俺はねトムが冒険に出る直前まで読んだよ。

「どーせなら冒険出た直後から読めよ…」と言葉を詰まらせる先生。

トムは必死に冒険して戦うねん!あいつは小さい村でくすぶってる男じゃない。世界を救うんや。敵もめっちゃ強いねんで。ゆうこ(←先生の名前)のトムソーと俺のトムソーは違うみたいやな。出版社が違うんちゃうか?どーせ紀伊国屋やろ?今度俺のん貸したるからよく読んどけ!!」と伝えたのですが、国語の先生というのは揚げ足取りがうまいというかなんというか「いや、あんたトムが冒険出る前までしか読んでないんやろ?ていうかトムソーヤは男ちゃうよ、女よ」と。
マジかよ!
焦った私はすかさず「あぁ、トムは女やったな。仲間の男が印象的すぎたわ」

「いや、トム男やから」 先生、生徒騙すなよ。。

大事なのはトムが男か女かではない!
卒業式で答辞を読むことになっていた私がここで問題を起こすことで卒業できなくなるということだけは避けたい。
仕方なく、一般的なトムソーは先生の知るトムソーだよね♫と折れてやった。
まったく…女という生き物はワガママなものだ。

長くなったが、こんな経緯から小説にたいする恐怖心があったのだ。
実は数年前に小説と触れ合う機会を設けようとしたのだが、中学の同窓会で久々会った友人達が「どないしたんよ!?痩せるし小説読んでみようかな言うし何があったん!?死ぬんか!?しっかりせぇ!」と声を荒げた。
文系も理系も元不良もみんな私を心配したのだ。

私が小説を読むということにたいして友人達がこうも取り乱すとは思いもしなかった。
ゆえに小説デビューが出来ずに今日まで来たのだ。

が、最近急激に小説を読んでみたい度がMAXになった私は友人達を裏切ることにした。
すまない。

長くなったが、ついに小説デビューに成功した。

なんちゃって下町ブログも書き、自称「下町淡路の申し子」とまで名乗る私にうってつけの本だ。

「下町ロケット」
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人気だからという軽はずみな理由で選んだわけじゃない。
タイトルが私を引き寄せた。
これは、東大阪の町工場が世界に誇るロケットを作った話に違いない。東大阪町工場の技術はさすがだ。
しかしこれは東京の話だった。
あれ?大阪じゃないの?と思ったが、東京でも十二分だ。
終盤に差し掛かってきたが、面白い。初めての本格的な小説にしては良作に出会えたと思っている。
物作りにしてもデザインにしても、実力だけじゃ超えられない壁がある。そこには夢や情熱だなと改めて感じた。

下町ロケットと同時に、大阪の下町で育った東野圭吾の「浪速少年探偵団」も買った。
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探偵団を読んだら「あの頃ぼくらはアホでした」も購入予定だが、探偵団の続編とされている「しのぶセンセにサヨナラ」を先に読むべきか。

小説ではないがこれも一応写真を貼ろう。
「大阪下町酒場列伝」
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余談だが、小説ではないが「よだかの星」という本を読んで劇をしたことがある。
先生も驚く私の演技力に主人公よだかの役を任された。
ただ立ってガサガサと囁くだけの木の役からの大抜擢だ。
人生であれほどまでに鳥を演じたことはない。
浅利慶太も驚くだろう。


さらに次なる小説ターゲットはコレだ。
レイジ」と「パパは今日、運動会
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ついに私も読書の秋を体感することになるだろう・・・グフフ。
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マーケットで会話
たまにしか書かないからか、妙に長文になるというのが定着してきた当ブログ。
改めて言いますが、簡潔にまとめれないだけっす。
さらに今回は画像が無いのだ。
つたない文章なだけに差し込まれた画像がせめてもの救いだとは思うが、御免!


会ったことはないが彼女と同じ町で時間を共有できたことを、私は大変嬉しく思っている。
Twitterでフォローした方が同じ町に住んでいると知るも、会話回数は指で数えきれるものだったかもしれない。
彼女は新天地へと旅立つらしく、我が町淡路とおさらばすることになった。
余計なお世話でなければ言わせてほしい。同じ町で過ごしたあなたは私のアワジモティーだ。
またこの淡路に会いにきてやってください。

今記事は、もはや彼女への餞別のようなものだ。
ニュータウン育ちの彼女が初めて選んだ下町が淡路だったことを、嬉しくも思うが、特別何かがある町でもないので少々申し訳ない。

だがそれも下町の性格の1つなのかもしれない。
自慢できる大衆的な店はないが、小汚い店があったり謎の店があったり、そしていつもの人が居る。


スーパーへたどり着きカゴを手にした者は、物色しながら商品をカゴに入れ、まるで工場のコンベアのごとくライン作業のようにレジへと流れていく。
検品が終われば梱包だ。
ラインを捌くレジ員から渡された袋に商品を詰めてはそそくさと帰る。

余談だが、レジ打ちが早すぎてクビになった知人がいる。

スーパーは便利な倉庫だ。
私もポイントカードを持っては、森永アロエヨーグルトの特売日によく行く。

品揃えに関してはスーパーに負けるが、市場という場所はスーパーより確実に勝るモノを持っていると感じている。

地元商店街の中には地蔵市場と宝来市場があるが、私は宝来市場に足を運ぶ。

ありきたりな遣り取りだが、「兄ちゃん、これオマケしといたるわ☆」と言われると「いや~嬉しいわぁ。ふと思ったけどお姉ちゃん日本一のベッピンさんちゃうかぁ~★」とオマケを返すと、「正直者やなぁほんま☆」となんとも嬉しそうに、また、照れくさそうに市場のオバチャンは応える。

「兄ちゃん、いつもコレ炊いてんの?」と聞かれると「コレに雑穀入れてるよぉ。よく大将の米食べるよ~★」と言うとヨボヨボのおじいちゃんが見せてくれる笑顔に心地良い買い物ができる。
あまり若者を見かけない商店街の市場に、27歳という決して若い部類には入らないがハットを被ってiPhone持った野郎というのは、おじいちゃんからしたらハイカラな存在なのかもしれない。
高校生や中学生が買いに来るともっと喜んでくれるかもしれないな。
おじいちゃん、いつまでも元気に丹波の玄米を売っておくれ。
でもたまには丹波の黒豆安くしてくれ。。。高いのよ、丹波黒豆・・・

言わずもがな、スーパーとの決定的な違いは「いちいち会話ができる」ことだろう。

私自身毎回毎回会話をしてるワケでもなければ、もちろんスーパーの店員さんの中にもマニュアル以外の人間的な面を見せてくれる方も居ます。
レジで他愛ない会話をする方もいます。
大事だと思うなぁ、何気ない会話って。
シャイで喋りが下手な私が偉そうに言えることではないのだが。。

私の町は商店街の中にスーパーも市場もあれば、自転車で20~30分ほど走れば豊中市の豊南市場に着く。
ここは北摂の台所とも呼ばれる市場で大きい。
自転車で10~15分前後に豊南市場の東三国店もあるが豊中の本店、いや、本場へ行く。

聞いた話によると、魚屋さんの店主が客に対し「今日あっちの魚屋にええ魚入っとってん!あっちの魚買ったげて!」とライバルであろう他店を薦める。
豊南市場で働く商人達はライバルであると同時に共闘仲間でもあるのか?
頭が下がる。

私の町の商店街の中にも、市場とは別に魚屋がある。
何を思ったか毎日毎日三重県から売りに来るから驚きだ。
なぜこの町を選んだのか、この町に可能性を感じたのか・・・
本当に毎日ご苦労様と頭が下がる。
この店のエノキ、オクラ、ナメコなどと和えたモズクがたまに食べたくなる。

鶴橋で営んでいたキムチ屋が豊南市場に移転したが、根強いファンは電車に乗って買いに来る。
鶴橋商店街のキムチ通りにはキムチが溢れているというのに。
私もたまにここのキムチやナムルを買いに行く。
試食しながらも結局、いつものきゅうりの一本漬け、ご飯によく合う岩海苔、カクテキ、甘辛いスルメやゴーヤなどのキムチを買って帰る。

「これイル?」、「いや、これいらん★」
「じゃ、これイル?」、「これもいらん★」
「ほな、これ食べてミテ」、「あ、美味しい★」
「美味しいやろ?買ウ?」、「いや、買わん★」
「じゃ、こっち食べミテ」、「あ、これ美味い★」
「買ウ?」、「ううん、買わん★」

銀シャリ持参したらオカズになるかもね、ここのキムチ。

普段スーパーで買い揃えている方、もし近くに市場があれば改めて訪れてみるのもよいのではないでしょうか。


あなたは下町が好きですか?
私は好きです。
どこかへ繋がっている道を進み、大衆的な店に腰を下ろし、意外性のあるオシャレな店を見つけ、路地裏で寝転がる猫と目を合わす。
そして「人」という存在を都会よりも強く感じることができる。

いくら人が溢れる都会とて「せやけど兄ちゃんあれやな」といきなり話しかけられたことはない。
当然だが飴ちゃんを貰ったことなんて街ではなく町でしかない。


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